産業界の幅広い分野を支える材料工学分野では,これまで以上に優れた性能を有する様々な材料が求められています.また,材料の性能を予測する技術開発も重要です.このような新機能材料や評価法の開発は,これまで膨大な実験および費用を要して行われてきました.これに対し,最近の計算機性能の向上や材料計算技術の進歩から,計算機シミュレーションによる材料開発の期待が高まっています.
当研究室では,このような技術動向を鑑み,第一原理計算法による(1)材料界面の密着性予測技術の開発や(2)離型性に優れた金型コーティング膜の開発,グラファイトのメタライジングや超硬質膜の開発に関する基礎研究を行っています.(1)(2)の研究内容を以下に述べます.
材料界面は様々な工学分野で出現する構造です.この界面について,密着性の高低を予測することは大変難しく,待望されている技術の1つといえます.ここでは,金属めっきを対象とした界面密着性予測技術について述べます.
現在,めっきに代表される表面処理は,材料表面に新たな機能を付与する手段として各産業にとって必要不可欠な技術となっています.表面処理において,生成する皮膜と基板の密着性が十分でない場合には付与した機能を失うことになるため,皮膜と基板の密着性に関して膨大な実験的研究がなされています.この密着性に関する実験においては,一般に定性的な評価がなされているものの,定量的な評価は困難です.
ところで,第一原理計算手法は量子力学を基礎とし,実験パラメータを用いることなく原子間の結合状態を計算できるため,基板とめっき膜の密着性を原子レベルで定量的に評価できる可能性があります.そこで,私たちは,金属基板とめっき膜との密着性を定量的に評価する方法として第一原理計算手法の可能性に注目し,研究を行っています.
図1にFe(100)基板にNi,Cu,Auめっきを行った際の,めっき原子の最安定位置を示します.これより,Fe(100)表面上に析出するNi,Cu,Au原子はFeと同じbcc構造に対応した位置を取りながら析出する,すなわちヘテロエピタキシャル成長をすることがわかります.
図1で得られた結果をもとに,図2のような界面モデルを作成します.さらに,界面距離を変化させながら全エネルギーを計算します.この手法を「界面引き剥がしの計算機実験」とよんでいます..
図1 Fe(100)表面上の(1)Ni 3原子の最安定位置,(b)Cu 3原子の最安定位置,(c)Au 3原子の最安定位置
図2 Fe(100) 5原子層とNi 5原子層からなる界面モデル
全エネルギー変化の界面距離依存性を図3に示します.このエネルギー曲線から最安定な界面形成に伴う全エネルギーの減少量および引き剥がしに必要な引っ張り応力を求めることで,Ni/Fe(100)とCu/Fe(100)およびAu/Fe(100)について密着性の高低を推定できます.この手法から,界面の密着性はNi/Fe(100)が他の2つの界面よりも高いと推定できます.この結果は実験による評価結果とも対応しています.
主要な研究成果
【学術論文】
1. R. Nakanishi, K. Sueoka, S. Shiba, M. Hino, K. Murakami and K. Muraoka, “First Principles Calculation of the Stable Structure and Adhesive Strength of Plated Ni/Fe(100) or Cu/Fe(100) Interfaces”, Transactions of Nonferrous Metals Society of China, 19, (2009) pp.988-991.
2. 中西亮太, 末岡浩治, 芝世弐, 福谷征史郎, 日野実, 村上浩二, “ニッケル/鉄(100)界面と銅/鉄(100)界面の最安定構造と密着性に関する第一原理計算”, 日本金属学会誌, 71巻, (2007) pp.1024-1031.
3. 村上浩二, 平松実, 日野実, 末岡浩治, 中西亮太, “めっき皮膜の密着強度評価への新たな試み”, 表面技術, 58巻, (2007)
pp.22-28
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TiNやCrNなどのNaCl型(B1)構造を持つ金属窒化物は,優れた耐摩耗性・耐酸化性・耐食性を有しているため,切削工具や金型,機械部品などのハードコーティングとして広く利用されています.金型に関しては,金型の長寿命化や製品の高精度化を目的としてコーティングが適用されています.金型コーティングの膜物性として,耐食性,耐摩耗性に加えて離型性が必要とされています.金型コーティングの離型性を理解するためには,成形物に対するぬれや付着の状態を知ることが重要ですが,それらの現象は物理量としての表面エネルギーに支配されていると考えられます.そこで,私たちは離型性を知る上で重要な一つの情報として,NaCl型窒化物の表面エネルギーを計算しました.
図4 CrNにおける(100),(110),(111)面の表面エネルギーの計算値
図4にCrNにおける(100),(110),(111)面の表面エネルギーの計算値を示します.これより,(100)面の表面エネルギーが最も低いことがわかります.NaCl型単結晶では表面に露出した未結合手(ダングリングボンド)数の面積密度が(110)や(111)よりも(100)のほうが少ないことが,CrN単結晶において(100)面の表面エネルギーが最も低い理由であると考えられます.
図5 金属窒化物における(100)面と(110)面の表面エネルギーの計算値
図5に金属窒化物における(100)面と(110)面の表面エネルギーの計算値を示します.これより,すべての金属窒化物において,表面エネルギーは(100)面の方が(110)面よりも低い値であることがわかります.また,計算した金属窒化物において,CrN(100)の表面エネルギーが最も低い結果が得られました.
主要な研究成果
【学術論文】
1. 中西亮太, 國次真輔, 末岡浩治, “NaCl型窒化物の表面エネルギーに関する第一原理計算”, 表面技術, 61巻, (2010) pp.535-540.
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